これはフィクション

書く、を気軽にする

1/8 初

 

 初めて煙草を吸ったときのことを、今でもはっきりと覚えている。初めて酒を飲んだときのこと、博打を打ったときのこと、車を運転した日、眼鏡を作ったとき、携帯電話を契約した日、などどれも忘れてしまったが、このことだけは何故か忘れていない。

 当時通っていた女子校へ向かう道に煙草屋があって、飲料の自販機が二つ、煙草の自販機が二つ置いてあった。まだ磁器カードのようなものがない時代で、さらに裏にはエロ本の自販機なんかも数台あった。この煙草屋の窓にはたいてい誰もいなくて、買っている人も見たことがないので今思えば自販機だけで結構儲かっていたのかもしれない。エロ本は高いし。

 毎朝そこの自販機で缶コーヒーを買っていた。自販機は地面から一段高いところにあって、自転車から下りなくても、小銭を入れて缶を取るまでの一連の流れが完了したので便利だった。昼食代は500円と決まっていて、そこで120円のコーヒーを買うことも決まっていて、およそ六年間そこでコーヒーをほぼ毎日買っていた。

 ある日、煙草の自販機の様子がいつもと違うことに気づいた。妙にカラフルな一角がある。赤、緑、白、とそれぞれ一色と中央に印刷されている一文字が記憶に残った。たばこは、いつか吸ってみないといけないな~などとよくわからないことを当時は考えていたので、帰りに一箱買うことにした。

http://tobacco-navi.com/view.php?no=263

 帰宅し、着替え、歩いて自販機に向かった。ジーンズに黒いトレンチコートを着て、長いブーツを履いていった。同じ格好で渋谷を歩いていたら女子大生と間違われたことがあったことを思い出したりした。煙草を買ったらそのまま吉祥寺まで歩いて行き、よく行くカフェの喫煙用の階でコーヒーを飲もうと決めた。その階は三階で、平日はいつも人は少なく、あまり店員も行かない。鞄に文庫本も入っている。

 自販機で三つの新しい銘柄のうち、赤はHEAVY、とあからさまに書いてあり、緑はメンソールだったので消去法的に白にした。

「それ新しくでたやつでね、箱の開け方違うからね」

煙草屋の店員と思われるおばあさんがに声をかけられる。

「はあ、ありがとうございます。」

 カフェについて、アイスコーヒーを買って階を上がっていく。この、先に買って料金を払う方式が好きだった。籠から灰皿とマッチをとる。窓に面した席に座る。コーヒーを一口飲む。たばこを一本取り出して、マッチで火をつけてゆっくり吸う。

 これが恐ろしく不味かったんである。その後の人生のある時期にショートホープを一日二箱吸うようになるとはこの時は思いもしなかったし、今まで吸った中でこの最初の一本が人生で一番美味しくないたばこだったと思う。ニコチンとは恐ろしいものであるが、これを書いている今、年が明けてから二本しか吸っていないので、人のきまぐれというのもまた恐ろしいと思う。